2011年06月25日

忙しい子育て

【ソ】 So busy


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初夏、ベランダの前に懸けた巣箱を産屋にしたシジュウカラ夫婦は子育ての真っ最中。ゆっくりお茶している間に何回出入りするのだろう。餌をくわえて入ったと思ったらおむつを捨てにまた出ていく。
  産屋に入る前には、危ない物が見ていないかあたりに気を配る。人間ならば、お前は暇人だ、とこちらに冷たい一瞥があるかもしれないが、そんなことにも構っていられない様子。
 忙しいというのは、こういうことを言うようだ。

 それでも、そのうちだんだん落ち着かなくなってきたのは、怠け者の罪の意識だろうか。、、、さて、木工を始めましょうか。(笑)

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2008年03月26日

夏の夜の夢

【セ】 セミ


 夏の夕方、屋外で作業をしていると、足下でガサガサ音がする。あっちで何やら何か落ちた音がする。と思って見てみるとたいがいエゾセミの幼虫。幼虫と言っても、羽化してからの寿命の何十倍、何百倍も間この幼虫の姿なのだから、セミ本来の形というのは、この幼虫の姿なのかもしれない。羽化は繁殖のためなので、その意味では、人間が目にするいわゆる成虫の姿は、幼虫が普段着なら、ウェディングドレスやタキシード姿なのかもしれない。うーん、エゾゼミだから、花嫁衣装文金高島田か紋付き袴羽織か。 正体が分かれば納得はするけど、足下をいつまでもうろつかれたり、目の前のベンチに登っては落ちるというのを見ていると落ち着かない気持ちになる。木になって、外敵からも安全で、羽化に最適な場所に移動してやっても、何が気にくわないのか、またあちこち動いたあげくボトっと落ちてしまう。
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何度やっても同じなので諦めたが、朝になって見ると、コンクリの基礎で羽化したりしている。
 うーん、こう訳も無く動き回るのを見ると、もしかしたら幼虫から成虫に羽化する準備運動として、動き回る必要があるのかもしれないとか思ってしまう。

で、羽化そのものは手品みたいなもんですね。ここからこれが出ますかあ?って感じです。揚羽蝶の羽化も手品だけど、あれはサナギからの羽化で、寝袋から出てくるようなもの。こっちは形状Aが形状Bになるという感じで、手品としては、高度なテクではないかと思っております。
 まあ、せっかく出てきたんだから、よい伴侶と巡り会ってくださいな。
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2007年05月12日

街の雀

【ス】 スズメ

 スズメは、街ではカラスとともにお馴染みの鳥だけど、山では滅多に見ない珍しい鳥。たまに山で見かけると、今日は遠足か?と思ったりします。
 昔から人間と同居してきているので、身近な鳥として昔話にも良く登場します。
 舌切り雀は有名な話ですね。そういえば、この前のオフ会の時に大きなつづらをいただいて帰ってきましたが、危や鬼は出ず、奇な木がでてきて喜でした。(^v^) 大きなつづらがすべて悪いということでもなさそうです。

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 雀というのは鈴メが語源なんでしょうか。雀の事をチンチンメという所もあるそうなので、そうかもしれません。昔は雀の鳴き声をしうしうと書いた、でしうしうめが雀になった、って説もあるかな。この辺は難しい。
 小学生たちが、甲高い声でおしゃべりをしながら歩いていると、雀の学校のようであり、騒がしい。同じ鈴でも、どちらかというと、鈴を転がしたような声、という描写の似合う方がいいなあ。(笑)
 

動物は、環境に適合するように進化しますが、22世紀のすすめは、森より街のコンクリートに適応して、しだいに今回の絵の様な姿になるのではないでしょうか。 まあ人間もそのうちそうなるかもしれませんね。
 
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2006年09月12日

四十から

【シ】 ジジュウカラ

 最近、良く鳥が来るなあ、と思って窓の外を見たら、いつものシジュウカラ。こっちを見て、何か言いたげ、、誰か忘れてはいやしやせんか、、
 「し、し、しまった、シジュウカラ」(笑)。イロハブログのシで、シジュウカラを忘れてしまいました。今回を逃したら、出番は無い? イロハの2巡目は無いだろうと踏んでいるようです。(^^)>
 変則ダブりになりますが、再度のシ。
シジュウカラは、山の中から、街中まで、あちこちで見ることができます。しろい腹に黒いネクタイ、春から初夏、ツーピーツーピー鳴いているのが、この鳥です。
 シジュウカラ科では、科の名前になっているように、もっとも栄えている一族です。

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木に架けた巣箱に入ってくれるのも、シジュウカラかヤマガラで、初夏のころ、忙しく狭い入り口から出入りする姿を楽しませてくれます。
 でも、結構テリトリー争いは熾烈。巣箱を巡って、カップル同士が争います。シジュウカラ、本気になると、ネコキックします。(笑) 羽を支えにして、お互い向き合って細い足でネコキック。これちょっと見物ですよ。
で、負けた方は、あきらめて飛び去る訳ですが、ちゃんと雌は雄を見捨てず付いていったか、気になってしまいますね。
 シジュウカラを始終空と書いて、お財布が空になるといやがる向きもあるようですが、四十から、って書くと中年の味方になります。
木工と呼べるようになったものを始めたのが、40から、ですから。まだまだこれからですね。

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2006年06月28日

シェラカップ

【シ】 シェラカップ (Sierra Cup)

 シェラカップというのは、いつ頃から使い始めたのだろうか。高校に入った時には、まだホーローのコップをカラビナにつけていた覚えがあるから、多分高校在学中だろうか。ホーローと違い、軽くて割れないので重宝した。
 ただ、使い方は変わらない。コップ兼ナベ兼フライパン兼ひしゃく etc。まあ、燃料とおしっこ以外の液体は、みなこれで済ましてしまった気がする。(笑)
 シビアな山をやっていた頃は、山でうまいものを食べた記憶がない。部の合宿はまだ良い。OBや先生がいたりするから、それなりに気を遣うが、個人山行の食事は、、まあ多分今ならとても食べられた代物ではない。
 もっとも、シェラを使って料理するならまだ良いのかもしれない。昔沢登りに行ったとき、沢の入り口でジフィーズに沢水を入れて、一番暖かくなるザックの背中側に入れておく、という調理?をやっていた。お昼はおもむろにそれを取り出して食べるのだが、、その当時でもこれは不味かった。(笑) やはり冷水では駄目らしい。そういえば、最近はとんと山の店に足を運んでいないが、乾パンとか、アルファ米、ジフィーズとかはまだあるのだろうか。アルファ米や乾パンはまだ非常食として利用されているようだが、ジフィーズはどうかな。
 と思ってネットをしらべたら、ちゃんとまだあった。味はだいぶ改善されたのだろうか、こんど食べて見よう。今はレトルトで良い物がたくさんあるので、売れているとも思えないが、、、、
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 あと、よくやったのが、湧かしたスキムミルク(脱脂粉乳)にマリービスケットをいれて溶いた、オートミールもどき。これも不味かった。(笑) 別にマリービスケットがまずい訳ではない。あれは好きですよ。でも、疲れているときは、お粥状の物の方が喉のとおりが良いと言うことで、そんな食べ方をしていたのだけど、今考えるとひどい食べ方だ。
 社会人になったら、なるい山になった代わりに、シェラには良い物が入るようになった。ワインとか、レギュラーコーヒーとか。さぞシェラもほっとしたに違いない。
 使い慣れているというのは恐ろしいもので、今でも、我が家の台所でシェラカップは毎日活躍している。山の神だから、山の道具が良いのだろうか。スキムミルクにビスケットが入ったものは出てこないから、助かってるけどね、、(笑)
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2006年05月28日

佐保姫ってどんな人?

【サ】 佐保姫

 佐保姫というのは、春を司る女神様で、春の野山で花を作っていると言われています。春という響きから、うら若き乙女の姿をイメージしますが、、、今の年頃でいうと、高校生か、大学生か、、、うーん、今時の若いお嬢さんが、野山で優しく花を作っていると考えるのは、なんか違和感がありますね。乙女が優しく、清らかといのは、ロマンチックなおじさんの希望的妄想、固定観念から来る幻影で、実は、21世紀の女神さんたちは、もっとクールで現実的であるような気がします。(僕の生活環境が悪すぎるのだろうか??(笑))
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 ということで、最近は佐保姫というのは、チビマルコちゃんのような幼児が、無邪気に折り紙を折るように、花を作っているのではないかと思ったりしている訳です。こっちの方が、どちらかというと納得しやすいですね。それでも口ずさむのは、童謡ではなく、アユとかヒッキーとか、、(笑)
 ちなみに、秋の女神は竜田姫、おしゃれで、豪華絢爛、装う女神のイメージで、これはもう、大人の女性のイメージですね。こういう人はいそうです。
 ついでに、夏はつつ姫、冬はうつた姫ですが、このお二人はあまり表舞台には登場しないですね。うつた姫の季節も嫌ではないので、ちょっと不公平な気がします。やはり季節が移り変わる時に、人は趣を感じるのでしょうか。
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2006年05月22日

縄文文化は日本人の心?

【コ】 木霊
 
 木霊というのは、「ヤッホー!」と叫ぶと「あほー!」と返してくる山彦の意と木に宿る霊、または神の意がありますが、今回は後者の方。
 私の好きな本に、梅原 猛先生の書かれた「森の思想」が人類を救う―二十一世紀における日本文明の役割 という本があります。梅原哲学は私に一番影響を与えた思想の1つですが、この本はそのエッセンスを分かりやすく著したものだと思っています。1言で言うと、森の文化と呼ばれる縄文文化の思想、自然と共生し、世界は循環しているという思想が21世紀の世界を救うという、大変大胆な内容なのですが、本を読み進めていくと,なるほど!、と思えるようになります。
 縄文文化というのは、世界の文化の中でも特異な文化で、他にあまり類似のものはないようです。森と人とが共生した時代でもありますが、人間同士もお互い自然の一部として平和に暮らしていたのではないかと思っています。たとえば縄文時代の集落、三内丸山遺跡と弥生時代の吉野ヶ里遺跡を比べると、一番違いを感じるのは、集落を取り囲む塀、多分外敵を防ぐために設けられたものかと思いますが、吉野ヶ里にはあって、三内丸山にはありません。そして、この森と共生した平和というのは、そのままアイヌの世界にも引き継がれている気がします。アイヌの集落は、アイヌモシリといいますが、アイヌは人、シリは土地、でモというのは、うーん、穏やかに過ぎゆく、とでも訳すのでしょうか。砦とか、ヨーロッパのポリスとかのイメージはないですね。
 また、17世紀から18世紀にヨーロッパやロシアの冒険家たちがアイヌの人々と接した時の印象も、皆アイヌは穏和であり、純朴であると書いています。特に、ロシアのクルウゼンシュテルンの記したものは、アイヌの特徴を表していると思います。
 「和合、穏和、親切、厚意、謙虚、これらの本当に希有な特質は、すべて洗練されてた文化によるものではなく、単に彼らの自然の性格の表現であり、これらによって、今まで知っている民族のうちで、アイヌがもっとも良い民族であると思うようになった。」
 で、これらの良い特性というのは、自然とともに、自然の中で暮らすことによって、自然のありようそのままに,自然の1部として生きることで獲得した性質だと思うわけです。
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 時代は過ぎて、近代になっても、日本人の心のどこかに、この森と共にあった時代の名残は残っていると思うのです。アスファルトの上に生きていても、神社の大木とか、いわゆる巨木に神や霊を感じませんか?アイヌ風に言うと木のカムイとなるのでしょうね。巨木というのは、遙か昔に暮らしていた森の象徴的な存在かもしれません。
 前に、HPで、材は森からの預言者と書いたことがありますが、私にとって、家具を作る材は、森からのミアンゲであり、森の心を伝える預言者でもあります。
森から材を得るということは、材から作品を作ると同様、私の木工にとっては大事なプロセスです。あれ、そうすると端材をストーブで焚いて天に戻すのは、イヨマンテ(ソレを送る)ですね。今度からイナウでも飾りましょう。(笑)
 
 長くなってしまったので、このへんで。最後にお気に入りのアイヌの挨拶をご紹介します。
 イランカラプテ
 あなたの心にそっとふれさせてください。

 森の心が、あなたの心にそっとふれますように。(^v^)/~

<今回は木霊のイラスト!?が書けませんでしたので、リンクにも掲載しましたナチュラルマジックさんの了解を得て、写真をお借りしました。   m(_ _)m>
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2006年03月28日

現の証拠

【ケ】 ゲンノショウコ

 ゲンノショウコといえば、日本薬局方でも扱っている、れっきとした整腸の漢方薬ですが、煎じて飲むには可愛する気がします。家を建てる前、敷地にはこの花があふれていましたが、家が建って、人が通るようになると、ひっそりと物陰に隠れてしまいます。我が家では、イチヤクソウとならんで保護草木の1つになっています。
 フウロソウの仲間は皆似ていますね。南へ行くほど紫色が濃くなるのでしょうか、地域により花の色の濃さが違うようです。あまり紫が濃いものより、白っぽい方が可憐ですね。夏から秋にかけての楽しみの1つです。
 
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 ゲンノショウコの種、ホームページの歳時記でも紹介しましたが、面白い形をしています。この形から御輿草と呼ばれることもあるようですが、私は音符草という名前をつたい気がしています。(^v^)
 毎年この種を集めて、ライバルの少ない場所にそっと巻いています。また昔のように、栄えてくれると嬉しいんだけど。
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2006年03月03日

アブラコって

【く】 クジメ

 昔、夏休みに新潟の粟島に通っていました。島の船着き場とは反対側に岩海岸があって、9日間の半自給自足のキャンプ生活です。その時の貴重な蛋白源がこのクジメ。お世話になりました。今は知りませんが、その当時は島の中のキャンパーが、滞在中にサザエをとって食べるのは漁協半公認でした。(^v^) (島外持ち出しとアワビはだめですよ。)
 海ではアブラコと覚えていましたが、後日図鑑で調べたら、クジメというのがこの魚の本名でした。木も、アクダラはアブギリの事で、材になるとセンになるというややこしい世界ですが、魚もいろいろ名前がありますね。
 海では釣る魚と突く魚がありますが、クジメは突く方で取ります。お土産屋さんで売っている玩具のヤスを買って、このままでは魚は突けませんので、ちょっと細工を施します。静かに潜っていって、ゆっくり魚に近づいて、ザクッ。突いた魚は腰に突けた紐に口とエラに通しておきます。
 今は機械的に給料が振り込まれますが、何匹かとって海岸に上がる時は、オラが家族を養っている!という男の誇り?と充実感!が味わえます。(^v^)
 
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 スキューバダイビングをすると分かりますが、いろいろな生物が満ちて活気があるのは水深30m位までで、その下は太陽の光が余り差し込まない寂しい世界です。回遊魚が渡り鳥のように通る世界に思えます。海というのは広いような気がしますが、生物相が豊かなのは、陸地のほんの外側だけの範囲だけなんですね。
 魚付林とか、富栄養となった河川とか、陸地の環境は海に大きな影響を与えますので、環境を考える場合は、海の彼らのことも視野に入れてあげないとね。
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2006年02月02日

恋教え鳥って、、

【き】 キセキレイ
 えー、今回は18際未満と女性の方はご遠慮ください。 (^v^)
お話は遙か神代の物語、日本書紀が舞台でございます。そういえば、(木にも、神代○○とかありますね。)
 日本の国が生まれるのは、第1巻 神代上の第4段、だけれでも、実はいろいろな説がある。まあみんな似たようなものだが、セキレイ(にはくなぶり)がでてくるのは、その中の1つ。だいたい、諸説をまとめるとこんな感じ。
 ある日、天上界(高天原)に済む、伊佐那岐と伊佐那美が天浮橋から天のぬぼこ(矛)を下界の海に刺し、かき混ぜたら、小さな島、オノコロアイランドができたそうな。それで2人は下界におりて、国(州)を作ることにした。
 伊佐那岐は、島を左まわりに、伊佐那美は右回りにまわって出会ったところで、子供(州)を作ることになった。(巡り会いというのは、このことだろうか (^v^)).で、出会ったところで、伊佐那美のほうから、、「美哉、善少男」と声を掛けたのだが、諸説ともこれは間違いと言っている。やはり男から声を掛けるべきだというのだ。そこで、もう1度やりなおして、今度は伊佐那岐から、「美哉、善少女」と声をかけて、再度巡りあうのだが、さて、なんとも間抜けな話だが、子供の作り方が分からない。そこで先生として、セキレイが登場するわけだ。
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 なんともおおらかな、ジョークと思えるような話だが、これが日本の始まりらしい。素朴でおおらかで、いいですよね。また、鳥とはいえ、セキレイは日本誕生の恩人でもあるので、ゆめゆめおろそかにしてはいけませんぞ。

工房のそばでは、セグロセキレイとキセキレイを良く見ます。じっとしている時に、尾を上下にふっています。日本書紀風にいうと、其の首尾を揺す。
 また、歩くときは、交互歩行で、意外と早い速度で歩きます。巣は、よく家の壁の雨の当たらないところに作ったりしますが、もともと崖に巣をかける性質があるのでしょうか。去年、母屋の壁の電気メーターの上に巣をかけたのは、セキレイの仕業だとにらんでいます。
 あと、縄張り意識が強いことでも知られていますね。車のバックミラーに映った自分の姿を縄張り荒らしだと思って攻撃をしかける。何度かミラーとケンカしているのを見たことがあります。
 でも、いつか、不安定なウィンドウの縁に捕まって、じっと鏡に見入っているセキレイを見たことがあります。特につつくとか、威嚇する気配がありません。
 ???と思って考えて、ハタと思い当たりました。きっとその鳥は、雌で、「鏡よ鏡、この世で一番きれいなセキレイは、、」とやっていたに違いありません。そして鏡の返事によっては、攻撃的になったりして、、、
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